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T-26 (戦車)[てぃー26]
T-26は第二次世界大戦前からソ連軍等で使用された軽戦車である。 == 概要 == ソ連最初の量産型軽戦車・T-18の後継となるべき歩兵支援用軽戦車を目指しT-19とT-20が試作されたが、これらはエンジントラブルにより実用化には至らなかった。1929年5月にソ連軍は、英国のヴィッカース社が独自に開発していたヴィッカース 6トン戦車をライセンス生産する契約書にサインした。これはV-26として15輌が輸入され、新たな戦車開発のための参考となった。そしていくつかの他の試作戦車とのトライアルの結果、改良を加えてT-26として採用され、レニングラードのボリシェビキ工場(第232工場)において国産化に入った。1932年からは同じくレニングラードの第174工場も生産に加わった。 1931年から翌年にかけて、ヴィッカース6トン戦車同様に一丁ずつのDT機銃を備えた銃搭二基を横並びに搭載した最初の型(1931年型)が量産された。これらの銃搭は互いに干渉するため270度の限定旋回しかできなかった。後に、右銃搭にルノー軽戦車やT-18で使われていたオチキス37mm戦車砲の国産型PS-1(M1928年型)を装備した型が作られた。1932年には同じく右銃搭にB-3(5K)対戦車砲(ドイツでのラインメタルPak35/36 3.7cm対戦車砲の採用に先駆けてライセンス生産され装備していたもの)の戦車砲型PS-2(1930年型)を搭載したものに変更された。(後に同砲をBT-2用単砲塔に搭載したものがレニングラード攻防戦に登場するが、これは双砲塔型からの現地改造車輌である。)しかしこの砲は新型砲の採用により短期で生産を終えてしまったため、1933年型としてBT-5同様に新型砲塔と更に強化された45mm砲に換装されている。先行量産型は円筒形砲塔を搭載していたが、これはすぐに大型バッスルを持つ馬蹄形砲塔に代わり、同砲塔はBT-5戦車やBA-3、BA-6装甲車にも搭載された。バリエーションとして鉢巻型無線アンテナのあるT-26TUもある。1935年には車体の接合に溶接が用いられるようになり、またさらに後期の生産車では、砲塔後部に機銃のボールマウントが追加され、対空機銃の装備できる新型ハッチを持つなど、細部の異なるバリエーションがある。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「T-26 (戦車)」の詳細全文を読む
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